百五十編もの印刷文献と一万点を超す手稿文献の存在
ナイチンゲールの生涯は、九十年という長きにわたるものでしたが、看護界を含めて
世界の人々に評価されている業績といえば、一般的にはクリミア戦争における活躍ぶ
りと、近代看護制度の樹立者という点に絞られているように思われます。
ところが、ナイチンゲールの生涯の中で、最も重要視されなければならない事柄が忘
れ去られていたのです。それは、クリミアから帰還した後の約四十年間という年月を
かけて書き上げられた、彪大な著作群の存在についてです。現時点において残されて
いるものは、印刷された文献で約百五十点、さらに手書き文献に至っては、一万ニ千
点ともニ万点とも言われています。歴史に残る著明な人物は数知れませんが、これほ
どの量の著作を書いた人はそれほど多くはないはずです。しかも、特に印刷文献の大
部分は、ナイチンゲールの死後、大英博物館に収められましたから、ほとんどが紛失
を免れて保存されているのです。
この百五十点の印刷文献の全容については、ビショップという人物を通してすでに紹
介されていますから、現在ではかなり詳しく理解することができるようになりまし
た。しかし、書簡を中心とした手書き文献に関しては、まだまだ分散しているものも
多く、全容を明らかにするには困難が伴うようです。それでも、私が大英博物館に行
って見てきた限りでいえば、手稿文献はフオリオ版と言われる大きさの、厚さ十セン
チほどもあるバインダーに、なんと百六十五卷も収められているのです。
蛇足ですが〈スチユーデント・ルーム・オブ・マニユスクリブツ〉といわれる特別室
に入って、図書室所蔵のカタログに目を通しますと、かつて三人のイギリス人がこれ
らの書簡を引用してそれぞれの〈ナイチンゲール伝〉を編んだことが記されていまし
た。その三人とは、Sir. EdwardCookと、Mrs. I. B.OMalleyそれにMrs,Woodham-smithで
す。彼らの編んだ伝記が最も正確に生きたナイチンゲールを伝えていると言われる所
以はここにあるのでしよう。